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■エチオピアの見どころ

バハルダール(Bahir Dar)

ウラ・キダネ・ミフレット(バハルダール・タナ湖)アジスアベバから空路で約45分、青ナイルの源流のタナ湖の南岸に位置する町です。タナ湖には現在37の小島があり、合計20箇所にエチオピア正教の教会や修道院があります。こうした修道院は13世紀~17世紀頃に建造されました。修道院の壁には独特のキリスト教絵画(フレスコ画)が描かれており、修道院建設当時の聖書や十字架なども残っています。もう一つの観光名所の「ティシサットの滝」は、町から約35kmほど離れたところにはあり、青ナイルの水源にもっとも近い滝として知られています。

●ティシサットの滝(Tissisat Falls)
ティシサットの滝/青ナイルの源流とされていますティシサットの滝は、アムハラ語で「火の噴煙」を意味する北アフリカ最大規模の滝です。幅は400m、落差45mの高さから流れ落ちる瀑布が水蒸気のカーテンを作り、その上空に架かる見事な虹が見られます。


ゴンダール(Gondar)

デブレ・ベルハン・セラシー教会/80体の黒人天使バハルダールから車で約3時間、タナ湖の北東に位置する由緒ある町で、17世紀の中頃から約200年間、エチオピア帝国の首都だった町です。1632年にファシリデス帝(Fasilides)がゴンダールに遷都して城を築き、6代にわたって100年以上繁栄が続きました。この期間を「ゴンダール時代」と呼んでいます。街は地形に対応してさまざまな住区が広がり、ソロモン朝ゴンダール期には3つの王宮群が建設され、中でも最大級の王宮群である「ファジル・ゲビ」には、歴代の皇帝が建設した6つの宮殿や12ヵ所の城門が残されています。どれも中世のヨーロッパのお城にそっくりで「不思議の城」と呼ばれています。もうひとつの名所は「デブレ・ベルハン・セラシー教会(Debre Berhan Selassie Church)」です。17世紀にイヤス帝により建立された教会で、ゴンダールにある44の聖堂のうち唯一残るオリジナルの教会です。1880年代に略奪するスーダンの教団(侵入者)を蜂の巨大な群れが追い払い、教会を守ったと言われています。教会内の天井には80体の黒人天使が描かれており、神の力はあらゆる方向に向いているという意味をこめて、天使の顔は様々な方向に向いて描かれています。

●不思議の城
ファシリダス王の城(ゴンダール)王宮群が立ち並ぶ小高い丘「ファジル・ゲビ」に並ぶ石造建造物群は、ゴンダール様式と呼ばれる独特の建築様式を持ち、その建築様式はイスラム建築やインド建築、キリスト教宣教師が持ち込んだバロック建築などの影響を受けているといわれています。


ラリベラ(Lalibela)

ラリベラ教会(十字型)ゴンダールから空路で約30分、聖地エルサレムを模して作ったとされるこの田舎町には、合計11の岩窟教会があります。巨大な一枚岩を彫りぬいて作られた岩窟教会の姿は見事な出来栄えで、現在の彫刻技術をもってしてもかなわないともいわれています。教会群はヨルダン川を挟んで、第一グループと第二グループに分類でき、2つのグループから離れたところに、聖ゲオルギス教会(正十字架形の教会)があります。
毎年1月19日には、キリスト教の洗礼を祝う「ティムカット」というお祭りがあります。タボットと呼ばれるアーク(聖櫃)のレプリカを11の岩窟教会から担ぎ出して、僧侶たちのあとを信者たちが練り歩くという盛大なお祭りです。

●ラリベラの岩窟教会群
ラリベラ教会(十字型)標高2600mのラリベラにある岩窟教会群はキリスト教(エチオピア正教)の教会群で、13世紀初めサグウェ朝の7代国王ラリベラが当時イスラム教徒の手に渡っていた聖地エルサレムを偲び、「第二のエルサレム」をつくる目的でヨルダン川の両岸に岩をくりぬいて11の岩窟教会群を造ったといわれ、現在も信仰生活の拠点となっています。
【第一教会群】/マドハネ・アレム教会(救世主)、マリアム教会(聖母マリア)、ゴルゴタ教会(ラリベラ王の墓所)、マスカル教会(聖十字架)、デナゲル教会(聖処女の家) 【第二教会群】/エマヌエル教会、メルクリオス教会、アッバ・リバノス教会、ヘレム教会(ベツレヘム)、ガブリエル・ラファエル教会、そして少し離れたヨルダン川の西にある聖ゲオルギウス教会


アクスム(Axum)

アクスムのオベリスクラリベラから空路で約30分、エチオピア文化の発祥の地で、かつてアクスム王国の首都だった町です。エチオピアの口承伝説をまとめた「ケブレ・ナガスト」によると、シバの女王とソロモン王の間の子供、メネリク1世が成人し、父であるソロモン王との対面を果たした後、帰国する際に多数のユダヤ人をエチオピアに招くとともに、イスラエルにあったモーセの十戒の石板を収めた「アーク(聖櫃)」を密かに持ち帰ったとされています。そのアークは現在、ここアクスムのシオンの聖マリア教会に安置されていると地元では信じられています。またアクスムでもうひとつ有名なものがあります。それは巨大なオベリスクの存在です。アクスム王国期に作られたとされ、一枚の花崗岩を彫刻してつくられたオベリスクは最高で高さ33m、重さ約100トンもあり、エジプトのルクソール神殿の塔門前のオベリスク(高さ25m)よりもはるかに巨大です。残念ながら現在地上に崩れ倒れていますが、このような巨大なオベリスクがかつて300以上もあったとされています。

●アクスム王国
アクスムのオベリスク欧州への象牙や香料の輸出で栄えたアクスム王国(紀元前5世紀頃~後9世紀頃まで繁栄)は、最盛期の3-4世紀には古代ローマ帝国に匹敵するほどの国土を統治していたといわれています。4世紀にキリスト教(のちのエチオピア正教)に改宗して広大な王国を統治するも7世紀には衰退がはじまり、9世紀にはイスラム世界の侵攻を受けて滅んでいます。これだけ繁栄を極めたアクスム王国には、なぜか大規模な宮殿や建造物などの遺跡が発見されていません。研究者によると、王国の遺跡の90%はアクスムの町の下、土中に埋没していると考えられています。その手掛かりがあの謎めいた「オベリスク」だと注目されています。数多くのオベリスクはすべて一枚岩から削りだして作られており、最大のものだと長さが33mもあります。オベリスクには窓やドアの彫刻が刻まれているものもあり、アクスム王国の人々はオベリスクを死んだ王の魂の住むところと考えていたようです。そして、巨大なオベリスクが現代まで立ち続けているのはあの「アーク(聖櫃)」の力のおかげだと信じられています。


アルバミンチ(Arba Minch)

アルバミンチアディスアベバから飛行機で1時間、バスで10~11時間かかるエチオピア南部の町アルバ・ミンチは、アムハラ語で「40の泉」の町と言われています(アルバは「40」、ミンチは「泉」の意味)。このあたりは大地溝帯の底部にあたるため、水分が多く、緑が多く生い茂っています。町はアバヤ湖湖畔で主要な建物が多いセカラ地区と、セカラ地区より西にあり200m高地のセチャ地区からなっています。外国人相手のホテルは、おもにセチャ地区に集中しています。町の名前は「40の泉」となっていますが、町から簡単に行ける湖は少ないのでご注意ください。


ジンカ(Jinka)

ジンカアディスアベバから飛行機で1時間、バスで6時間のところに位置しています。サウス・オモ・ゾーンには多くの少数民族が生活しており、ジンカはその中心地で、マゴ国立公園やオモ国立公園への起点でもあります。土曜日に開かれるマーケットには、唇に皿をはめているムルシ族など、さまざまな民族がやってきますのでそこで彼らに出会えます。ただし写真を撮るには必ず許可が必要で、チップを支払う必要があります。特にムルシ族の場合、支払わないと村につれて行かれてしまうというという話もありますのでご注意ください。最近ではSORS博物館で各民族の紹介ビデオを見ることができます。

●マゴ国立公園周辺の少数民族
オモ川下流域に位置するマゴ国立公園の周辺には、アリ、バンナ、ハマル、カロ、ダサネチ、ムルシといった比較的人口の少ない民族集団が居住し、人類初期の要素をとどめる独特の文化を残しています。これらの少数民族の中でも特に有名なのがムルシ族で、女性が下唇を切って、土器や木製の皿をはめる風習で知られています。周辺の民族集団は、国立公園設立以前から公園領域内で養蜂を行っていました。国立公園が設立され、境界内での人的活動が全て禁止された後も、養蜂は一定の手続きをすれば許可されており、園内には1万ともいわれる養蜂箱が設置されています。



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■エチオピアの基本情報

■エチオピアってどんなとこ?

エチオピア高原として知られる標高の高い台地が、国土の半分を占めます。
高原は、グレート・リフトバレー(大地溝帯)により、北東部と南西部に二分されています。
高原の平均標高は、約1,680mですが、多くの深い谷や河川により寸断され、高原から600mも下がる場所もあります。

■エチオピアの気候は?

標高により、気候も植生等も大別されます。
1800mm以下の地域は亜熱帯気候に属し、年間平均気温は約27℃で、降水量は年間500mm以下と少ないです。標高1800~2400mの高原地帯は、亜熱帯気候の特徴を持つが、年間平均気温は約22℃、降水量も1500mmほどで、エチオピア内では肥沃な農業地帯でもあり、人口も多い地帯になります。
標高2400m以上の高原になると、温和で気温は少し下がり、年間降水量はおおよそ1270~1780mmほどです。この地帯でも人口は多いです。
アディス・アベバ以北の雨季は、6月の中旬から9月までで、その後は乾季が続きますが、2月か3月に短い雨季があります。
南部の雨季は、少しズレて4月下旬から7月頃までとなります。
旅行のベスト・シーズンとしては、北部の高原地帯は、9月中旬から6月頃までになります。
南部地域へは、7月~10月、12月~3月あたりが適しています。
北東部の砂漠地帯へは、10月~3月の冬季が涼しくて適しています。
首都のアディス・アベバ近郊の観光なら通年も可能だが、一日の寒暖の差が激しいのでご注意ください。

■エチオピアでの服装は?

日中は、直射日光が強く暑いので風通しの良い長袖のシャツなどが適しています。
朝夕は、すずしいので、カーディガン、セーター類をご用意ください。
雨季は、夜の冷え込みが強いので、セーター、パーカーなどをご持参ください。

■エチオピアの習慣・マナーなど注意することは?

現地の住民を撮影する時は、事前の了解が必要。 サファリ・ツアーの最中であれば、サファリカーのドライバーに交渉してもらうようにし、チップを払ってから撮影するようにしてください。 サファリ・ツアー中は、砂ぼこりをかぶってもいいようなジーンズや麻地のシャツなどラフなスタイルが良いでしょう。また、帽子、マスクは必需品です。動物を刺激するような派手な色のシャツは避けましょう。 履きなれた靴やサングラスをご持参ください。 夕食の際、男性は上着にネクタイ、女性もワンピースなどドレッシーな服装が必要な場合がありますので一着はご持参ください。 飲料水は、水道の水は飲めません。煮沸して飲むか、ミネラルウォーターをお飲みください。 トイレは、なるべくホテルのトイレを利用しましょう。観光や外出の際は、ポケット・ティッシュを必ず携帯してください。

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エチオピア連邦民主共和国
Federal Democratic Republic of Ethiopia

エチオピアの国旗
政体: 連邦共和制
言語:アムハラ語、英語
住民:アムハラ族、ティグライ族、オロモ族等約80の民族
宗教:キリスト教、イスラム教他 面積:109.7万Km2(日本の約3倍)
人口:7,000万人
通貨:エチオピアブル
時差:マイナス6時間
エチオピアツアー