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アルジェリア

■アルジェリアの見どころ

アルジェのカスバ-Casbah d'Alger

アルジェのカスバ 16世紀にオスマントルコ帝国領下において築かれたアルジェのカスバは、迷路のように入り組んだ狭い路地、急勾配の階段や坂道、密集する家屋に特徴がある。19世紀にフランスの占領下で都市改造が行われ、いくつかの重要な建築物は破壊されたが、現在もなお16〜19世紀の建物が残り、当時の繁栄ぶりを表している。(1992年世界遺産に登録)

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タッシリ・ナジェール-Tassili n'Ajjer

タッシリ・ナジェールタッシリ・ナジェール現地のトゥアレグ語で「水の台地」を意味するタッシリ・ナジェール。サハラ砂漠最奥部の荒涼とした山脈から、紀元前8,000年前後から紀元前後までに描かれた約2万点の岩絵が発見された。リビアのタドラート・アカクス山脈で発見されたものと同様、数千年にわたって描かれたもので、「ウシの時代」、「ウマの時代」、「ラクダの時代」の四つに区分される。これ描かれた時代は最古の「狩猟民の時代」に始まり、らの岩絵は、今から1万年前はこの地が緑豊かな大地であったことを証明し、人々の生活が狩猟採集から農耕牧畜へと変遷していったことを物語っている。「セファールの白い巨人」は有名である。(1982年世界遺産に登録)

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ティムガット遺跡-Timgad

ティムガット遺跡ローマ帝国のトラヤヌス帝の治世下にあった1〜2世紀頃に、退役軍人のためにつくられた植民都市だったといわれている。東西南北に大通りが走り、4つの地区に区分され、上下水道の整備、円形劇場(推定約3500人収容)や14箇所の大浴場、図書館などが計画的に整備された街であった。最盛期には建造物に精緻な浮き彫りや植物文様などのモザイクを施し、大通りを濃青色の玄武岩の敷石で、その他は白い石灰岩の敷石で舗装したりして相当街を飾り立てたようだ。しかし、7世紀にアラブ人に征服された町は8世紀頃の地震で砂に埋没してしまう。19世紀末に発見され、良好な状態から「アフリカのポンペイ」と言われている。(1982年世界遺産に登録)

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ジェミラ遺跡-Djemila

ジェミラ遺跡1世紀にローマ軍の城塞から植民都市に昇格した街で、2世紀には北アフリカで最も繁栄した都市となった。のちに理由もなく都市は放棄され、7世紀に侵攻したアラブ人たちに「美しい」という意味の「ジェミラ」と名づけられた。2世紀以前の旧市街にはフォルム(公共広場)や神殿、3世紀以降の新市街にはバシリカ、劇場や凱旋門などの遺構が現在も良好な状態で残っている。さらに大邸宅に施されたモザイクが、当時の北アフリカ美術の洗練された様式を伝えている。(1982年世界遺産に登録)

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ベニ・ハマッド-Beni Hammad

ベニ・ハマッド11世紀にファーティマ朝から逃れて、東アルジェリアを支配したハマッド朝の首都で、標高1000mの盆地に建設された、城壁に囲まれた要塞都市である。ここは隊商路にあたるため、山間ながら北アフリカ有数の交易地としても繁栄し、イラク製彩釉タイルで飾られた宮殿、国内第2の大きさをもつモスクなどの遺構が残っている。このモスクのミナレットは、モロッコやスペイン・アンダルシア地方でモスクの手本となり、多大な影響を与えたようだ。(1980年世界遺産に登録)


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ムザブの谷-M’zab Valley

ムザブの渓谷サハラ砂漠北部に位置するムザブの谷では、ベージュやピンク、明るいトルコブルーに塗られた立方体の家屋が密集している町がある。ガルダイアを中心にエル・アティフ、ベニイスゲン、ブー・ヌーラー、メリカの5つの町である。それぞれ丘の頂上に建てられたモスク中心に麓に向かって町が広がっている。11世紀初頭、「イスラムの清教徒」と言われ、故郷を追われたベルベル人の一部族、ムザブ族が流浪の果てにこの地にたどり着き築いたもである。それ以来、砂漠の中のオアシスとなったこの町では、人々の生活がまったく形態を変えずに現在も営まれており、住人たちが厳格な決まりごとを定めて自分たちの生活を律するとともに、町の機能や美しさを保ってきた。加えて、立方体をした密集家屋の統一化されたデザインや建材、砂漠の過酷な環境に適応した都市計画が、20世紀の建築家たちに大きな影響を与えた。(1982年世界遺産に登録)


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ティパサ-Tipasa

ティパサ地中海を背にローマ遺跡が広がるティパサは、紀元前7世紀にカルタゴが建設し、後にローマの植民地になり、北アフリカでもっとも重要なキリスト教徒住居区となった。とくに、紀元後4世紀建造のバシリカ大聖堂はアルジェリア最大の規模を誇る。遺跡の管理体制が整わず、破壊や略奪などが多いため、危機遺産に登録されています。(1982年世界遺産に登録)


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コンスタンティン(コンスタンティーヌ)-Constantine

コンスタンティンコンスタンティン紀元前3世紀に建国されたヌミディア王国の首都で、のちにローマ帝国に支配され植民都市となる。紀元313年に皇帝コンスタンティヌスの名をとって、「コンスタンティン」となった。街はルメル川(Rhumel)の渓谷内側(西岸)の岩山に形成されており、鉄道駅は渓谷の外側(ルメル川東岸)にあるため、市街への往来は川にかかる4つの橋で行われる。コンスタンティン鉄道駅を出てすぐ前の石橋(アーチ型)が有名なエル・カンタラ橋(Pont El Kantara)で谷底からの高さは約160mもある。エル・カンタラ橋を中心に上下の方向に、つり橋がそれぞれ架けられている。橋を渡るとまず旧市街に入る。街の中心は旧市街を通り抜けた先にある中央広場(Centre Ville)で、その先に新市街が広がる。街の観光名所はルメル川の渓谷に囲まれた岩の上にある旧市街を中心にあるので、まずは旧市街を取り巻く外周(道路)をグルッと一周してみるといい。中心広場の西側には展望台もあるのでそこから街全体を見下ろすとさらによくわかる。しかし最大の見どころは、つり橋からの眺めで、ルメル渓谷と旧市街とアーチ型のエル・カンタラ橋との組合わせはとても素晴らしく絵になる。また下流のつり橋(北側)を渡った対岸の展望台からは、コンスタンティンの街全体が手に取るようにわかるのでおすすめです。

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■アルジェリアの基本情報

アルジェリアの気候は?

北部は地中海気候、南部は典型的な砂漠地帯の気候です。夏の時期、気温が一番上がるのが7月と8月です。北部海岸地帯は温暖な地中海性気候で、5月〜9月が乾季、10月〜4月が雨季。北部アトラス山脈の北側やオアシスにわずかに耕地があるが、大部分は砂漠や岩山。内陸は広大なサハラ砂漠で国土の約88%を占める。 アトラス山脈以南の内陸高原はステップ気候、南部は砂漠気候になる。

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アルジェリア民主人民共和国
People's Democratic Republic of Algeria

アルジェリア国旗
政体:共和制
言語:アラビア語(国語、公用語),ベルベル語(国語),フランス語(国民の間で広く用いられている)
住民:アラブ人(80%),ベルベル人(19%),その他(1%)
宗教:イスラム教(スンニー派)
面積:238万平方キロメートル
人口:3,349万人
通貨:アルジェリアン・ディナール(D. A.)

■ アルジェリア国情報